『男はつらいよ』全49作4Kデジタル修復プロジェクト 担当者インタビュー

面白い新作が、49本一挙に発売されると思ってほしい!

2019.08.23


1969年、アポロ11号が人類初の月面有人着陸を果たした年、『男はつらいよ』は公開されました。あれから50年…。

『男はつらいよ』全49作を「4Kデジタル修復」する一大プロジェクトが行われています。

その「4Kデジタル修復版ブルーレイ」の魅力を紐解くべく、今回このプロジェクトの指揮をとった松竹映像センター・五十嵐真さんと宮本忠さんに、あるひとつの疑問をぶつけてきました…それは……



「4Kデジタル修復って、何がそんなにいいんですか!?」


右から、松竹映像センター・五十嵐真さん、宮本忠さん



全世代の人が『男はつらいよ』に没入できる映像。
それが「4Kスキャンによるデジタル修復」ブルーレイなのだ!


――今回、『男はつらいよ』全49作が「4Kデジタル修復」されるということですが、正直「4Kデジタル修復」と聞いても、今私たちが観ることのできるテレビ放送やDVD、ストリーミング配信などの映像と何が違うのか、ピンとこない人が多いと思います。どこがどう違うのでしょうか?

五十嵐 まずお伝えしたいのは、今回わたしたちが「4Kデジタル修復」で目指したのは、ただ映像や音を“綺麗にする”ということではないということです。『男はつらいよ』を観たことがある方にもない方にも、どの世代の方にとっても、「『男はつらいよ』シリーズを心から楽しんでいただける映像にする」ということを目指しました。

――それは、どういうことですか?

宮本 例えば、古い映画を今までのパッケージや放送で観たとき、ぼやけたり荒かったり画や音が飛んだりして、なかなかその作品に入り込めないなぁと感じることはありませんか?

――あります。画面に雨のような傷が降っていたり、台詞が聞こえにくかったりすると、ちょっと観続けるのを挫折しそうになります。

宮本 それにはフィルムの劣化や、修復技術の問題などいろんな要因があるのですが、作品の内容ではなく、画質・音質の問題で観ることをためらう理由になって、若い世代がこの作品を観るきっかけを失うのは止めたかったのです。ですので、まずはそのハードルを取り払いたいと思いました。




五十嵐 そして、若い世代だけでなく、公開当時に映画館でご覧いただいた皆様にも映画の世界に入り込み、楽しんでもらえるよう、公開当時の質感を残すことにも力を注いでいます。たとえば、「4Kデジタル修復」された映像を観て、「あの時観た映画と何か違う?」と思わせないように仕上げたんです。

――それぞれの記憶に残っている『男はつらいよ』にも近づけたということですか。

宮本 そうです。つまり全ての観る人にとって、映画の世界へ入り込むのに邪魔となるであろう要素を、ひとつひとつ丁寧に取り除いていったのです。

――それは具体的に、どんなことでしょうか?

宮本 非常に簡単に言うと、HDリマスター版までは、オリジナルネガから専用のポジフィルムを焼いて「テレシネ」という作業を経てビデオを作成していたのです。それが「スキャン」という作業でネガからダイレクトに映像も音もデータを取り出せるようになりました。しかも4Kという解像度(4096×2180)で取り出しましたので、その差は歴然です!

五十嵐 更に、画の方ですが、例えば、第1作『男はつらいよ』でさくらが布団を干すシーンがあるのですが、さくらが不自然に動く瞬間があるんです。それは、「コマ飛び」といって、元となったネガフィルムのコマが欠落しているために起こる現象なんですね。


五十嵐 このシーンは、たださくらの日常を映した一コマというだけではないんです。物語が進んでいくと、さくらに想いを寄せる隣に住む博が、「あの工場に来てから3年間 毎朝あなたに会えるのが楽しみで」というセリフがあります。つまり、博が毎日観ていたさくらの姿が、そこに映し出されているというわけなんです。



第1作『男はつらいよ』(c)1969松竹


五十嵐 その大事な意味を持つシーンなのに、カクカクしていたら、純粋にこの物語に入り込めなくなってしまう。今回の修復では、そういった「コマ飛び」のシーンは前後のコマから取り込んだ画像を加工して、その間をつなぐコマを再現しています。




宮本 音の方ですが、例えば、第21作『寅次郎わが道を行く』まで、当時最上位のミッチェル社のカメラを使っていたのですが(第22作『噂の寅次郎』以降は、パナビジョン社のカメラを使用)、撮影時のフィルムのカラカラ回る音がマイクで拾われて録音されていました(特にアップのシーンなど)。公開当時の映画館は当然フィルムで上映されていましたので、映写時のプリントの回る音や遮音の関係で、その音に観客の皆様はそれほど気にされていなかったのではと思われます。

――でも、今は音響装置や遮音の向上した劇場やモニターで鑑賞されると思いますので、その音が「気になる音」になってしまいますね。

宮本 だから、そういう音も極力取り除きました。それは、技術が発達したおかげです。

――ちなみに、「4Kデジタル修復」されたブルーレイを観る場合、4Kテレビが必要ですか?

宮本 必要ありません! 「4K」という名前から、よくそう思われるんですよね。少し細かい話になりますが、いわゆるブルーレイはそもそも「4K」ではなく「HD」に変換して収録されていますので再生には問題ないです。ですが修復オリジナルが4Kなので、ブルーレイでもその効果は十分出ています。




監督やスタッフが作品に込めた“無数の物語”を
「4Kデジタル修復」では体感できる!


五十嵐 全49作が公開される間に、カメラだけではなく、その他の撮影現場で使われている機材やフィルムの種類も、映画館の環境も変わってきています。それを、全49作通して観ても違和感のないよう、統一する作業も行いました。

――それは、49作もある『男はつらいよ』ならではの修復作業ですね。

五十嵐 例えば、作品に必ず登場する「くるまや」は基本的に同じセットを使っているので、そこの暖簾や襖は同じ色なはずなんです。でも、先ほどのカメラや照明、フィルムなどが変わることで、微細な差が生じます。そこを当時のカメラマンの方などと一緒に、できるだけシリーズを通して違和感がでないように調整しました。それも、10年前の技術ではできなかったことなんです。

ちなみに、「くるまや」の暖簾って、夏用と冬用があるんですよ。あと、壁に貼られているだんごの値段表も、時代によって変わっているのがよく見えますので、そういう変化も是非「4Kデジタル修復」の映像で確認してみてください。



第1作『男はつらいよ』(c)1969松竹

宮本 今回の修復では、山田洋次監督をはじめ、最新第50作でも撮影監督を務めているカメラマンの近森眞史さん、録音の岸田和美さんといった山田組の方々にもプロジェクトに入っていただき、監修していただきました。それで改めてすごいと思ったのが、例えば「ここで、マイクが変わっていますね」と機材の変遷を覚えてらっしゃるんですよ。何かの資料を見ているわけではないのに!

――つくり手の皆様は身体で覚えているんでしょうか!? そういうつくり手自身の記憶や体験も「4Kデジタル修復」には反映されているんですね! 今回、修復することで、映画をつくる技術や映画館の変遷もお二人は体感されたんですか。

五十嵐 それは映画周辺のことだけではありません。今回、改めて全49作を観ることで、1969年から1997年の間の日本の変化も感じました。スタッフの方々がいかに時代の空気を映画の中に反映するために、細やかにつくり込んでいたのかがわかったんです。

リリー(浅丘ルリ子)が初めて登場する第11作『寅次郎忘れな草』のあるシーンでは、画像の修復をすることで、画面の中に映っている住所表記が読めるようになりました。そのことで、そこが五反田駅周辺だとしっかりわかるようになったんです。



宮本 映画館のポスターが貼ってあることもわかりましたね。当時は、五反田駅にも映画館があったんだなと。今は全く変わってしまっていてパッと見ではどこでロケしているのか分からない。

五十嵐 第31作『旅と女と寅次郎』でタコ社長の読んでいる本が、当時ベストセラーになった『気くばりのすすめ』(1982年に初版が発売された鈴木健二による著書。文庫本を合わせると、400万部の大ベストセラーに。)ということがわかったのも面白かったですね。タコ社長も、気配りしようと学んでいるんだなって(笑)。


第1作『男はつらいよ』(c)1969松竹

宮本 寅さんが登場する前のお決まりのシーン、くるまやでみんなが寅さんの噂話をしているときに、寅さんと向かい側の江戸屋のおばさんが立ち話している声が入っているのですが、修復するまでは「何か話しているな」ということしか聞き取れなかったんです。でも、それが今回のスキャンで、会話の内容まできちんとわかるようになりました。

――それは、聞いてみたいです! どんな世間話を寅さんはしているのか気になります。

五十嵐 そういう、監督をはじめとした制作に携わった方それぞれが、ひとつひとつに込めた無数の物語がこの作品には詰まっています。今回の修復作業ではキズや汚れを取り除きながら、その物語を掘り起こしていったとも言えると思います。

宮本 そういう意味では、今までは判り難かった事を、今回の「4Kデジタル修復」では観る人に伝えることができるのではないかと感じていますね。

それは、再生する機器やスピーカー、テレビの画面の大きさや画質など様々な技術が発達したおかげでもあります。

修復作業が行われている部屋のひとつ。作業は1コマ1コマ行っている


――でも、その分、それぞれを微細に調整していく修復作業は、想像を絶するぐらい大変な作業でもあったのではないでしょうか。しかも、2年間で49作品という…。

宮本 普通は、1本の映画を修復するのでも最低3ヶ月〜半年かける作業ですからね。東京現像所さんとイマジカさんのご協力と、そして当松竹映像センターのメンバーの頑張りで実現できました。もちろん大変な作業ではあったのですが、それでお客様が『男はつらいよ』という世界に没入してくださるなら、それは本当に嬉しいことですね。


修復作業はここ、松竹映像センターを拠点に行われた

宮本 新作となる第50作『お帰り 寅さん』は、第49作が公開された1997年から22年経っての公開となります。本来ならばその期間分のタイムラグを感じる可能性が高いわけですが、「4Kデジタル修復」されたことで、新作と今までの49作すべてが2019年の今でも地続きとして体験できるということです。

五十嵐 『男はつらいよ』は、昭和の高度成長期絶頂の中で始まった話です。その高度成長期に取り残された“車寅次郎”という一人の人間を描いています。今はもう、高度成長はしていません。しかし、寅さんのように社会に取り残されていると感じたり、自分は「こうしたい!」という気持ちがあるのに、空回りしてうまくいかなかったりという経験は、誰にでもある事だと思います。


第1作『男はつらいよ』(c)1969松竹

五十嵐 だから、これは決して遠い昔の話ではありません。いつの時代でも楽しめる作品であり、共感できる作品なんです。2020年を迎えようとしている若者にも、つながる話だと思います。人と人は「同じところ」もあれば、「違うところ」もあり、人を尊重する気持ちが芽生えれば、…なんてことを思いながら、「4Kデジタル修復」に携わっていました。この期間で仕上げるのは大変でしたけれどね(笑)。

宮本 「面白い新作がいきなり49本公開される」と思っていただければ。そのぐらい自信を持ってお届けできる「4Kデジタル修復」です。確かに、第1作は今から50年前に公開された映画かもしれない。でも、このブルーレイを観ていただければ、そんなことはどうでもいいことと感じていただけると思います。

五十嵐 そうですね。そのように思っていただいてもいいように、様々な方の力を借りてつくらせていただいた「4Kデジタル修復」です。


第1作『男はつらいよ』(c)1969松竹

宮本 『男はつらいよ』を観たことがある方も、映画館で観たことがない方が多いと思います。私たちも初公開時にスクリーンで観たのは、シリーズ後半の作品です。自宅で最初に観た時は、ブラウン管の小さなテレビで、画はトリミングされ、画面の両サイドが無くなっていましたし。

五十嵐 だから、何度も言いますが、観たことがある方も観たことがない方も「4Kデジタル修復」された作品で、『男はつらいよ』の世界に入り込んでもらいたいんです。そして、「面白い!」と感じていいただければ、修復をした甲斐があったと思います。

宮本 新作を観るために旧作を観ていただいても、新作を観たあと旧作を観ていただいても、どちらでも楽しめると思います。…新作を観ると、また何度も旧作を観たくなると思いますよ!



――五十嵐さん、宮本さん、ありがとうございました。 ファンの方にも、まだ一度も観たことのない若い世代の方にも、多くの方に、この「4Kデジタル修復」された『男はつらいよ』で、再度寅さんに出会ってほしいですね。

写真:服部健太郎